大阪高等裁判所 昭和25年(う)2297号 判決 1951年2月05日
控訴人 被告人 井上勘一郎
弁護人 岡利夫 高椋正次
検察官 新田信長関与
主文
原判決を破棄する。
本件を奈良地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の理由は末尾添付の弁護人岡利夫同高椋正次提出の各控訴趣意書の通りである。
各論旨第一点について。
論旨はいずれも要するに原判決はその認定の第一事実において法律の解釈を誤り薬事法第二十六条第一項にいわゆる医薬品の製造業に該当せぬ行為に罰則を適用した違法があると主張する。よつて案ずるに同条にいわゆる「医薬品の製造」とは一般の需要に応ずる為一定の作業により公定書すなわち日本薬局方又は国民医薬品集又はこれらの追補に所載の医薬品及び公定書に記載されていない医薬品を製出することを言い、医薬品の原料を化学的方法により変形し又は精製する場合は勿論、化学的変化を伴わない加工例えばある医薬品の若干量とある他の医薬品の若干量とを調合する場合とか、或は又ある医薬品の大量を小分作業により分包する場合も「医薬品の製造」に該当するものと解する。言いかえれば化学的変化を加える作業がなくとも、既に精製された医薬品に一般の需要に応ずるため調合又は小分等の作業により少くとも物理的変化を加える行為があれば、すなわちこれを「医薬品の製造」と言い得るのである。
ところで原判決は「<ヨ>虫下し(チオセメンヱン)を自己業務名義のチオセメンヱンと印刷した能書(包紙)に約一万二千包(一包三服入)に入れ替え以て医薬品の製造業を営み」と判示しているだけであつて、その趣旨は必ずしも明確ではないが、若し、被告人の言うように「古い能書(薬の紙箱又は紙袋)に入つている十服の薬を取り出しそのうち薬包紙の悪いのだけ一服宛新しい薬包紙に包みかえ更にそれを新らしい能書に三服宛入れかえた」趣旨だとすればその作業は前の説明に照らし医薬品の製造行為とは言えないし、又若し原判決引用の松浦定子等が言うように「セメンヱンの大量を渡されそれを匙で分量をはかり小型の薬包紙に包み三服宛を能書に入れた」趣旨だとすればこの作業を具体的に判示しない限り医薬品製造行為の判示として理由不備たるを免れない。結局原判決は薬事法第二十六条第一項の解釈を誤つたか、或は事実理由不備の違法あるに帰するのである。論旨は理由があつて、原判決は破棄を免れない。
よつてその他の論旨について判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第四百条に従い主文の通り判決する。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)